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第229回コラム「勝つために必要なことは」

サッカーワールドカップが盛り上がっている。
残念ながら敗れてしまったが、日本チームが口にしていた世界一という目標への真剣度は画面を通しても伝わってきた。
一昔前であれば「世界一」を言葉に出しても、それほど大きな信ぴょう性はなかった。
しかし日本チームの実力が上がるにつれ、選手個人の実力が上がるつれ、その信ぴょう性は高まってきた。
日本サッカー協会が日本のレベルアップのために1991年にJリーグを設立し、1993年に開幕した。
30年以上の時を経て、本当の意味で「世界一」を口にできるまでの実力を身に付けた。
これは選手と競技団体の双方が「世界一」を目指したからこその結果だ。
今回、そこに到達することはできなかった。
だがこの気持ちを持ち続ける選手が居る限り、そして競技団体の強い意志がある限りその目標達成の日は必ず来るだろう。

バレーボール、バスケットボール、ラグビー、卓球などの競技においても、国内リーグを作り、競り合うことでレベルを上げてゆく方法を選択している。
サッカーは世界で最も人気のあるスポーツだからこそできた部分もある。
他のスポーツが同じように成功するとは限らない。
だがもともと個人スポーツである卓球競技は、サッカーとは別の方法で人気を盛り上げ、実力を上げ、世界一のレベルにまで駆け上がってきた。
他の種目もその過程にある。

我々、トライアスロンはどうだろう。
日本トライアスロン連合も厳しい状況下で可能な限り強化を進めてきた。
特に2020年の東京オリンピックに向けては過去に例のない手法も取り入れた。
それなりのレベルアップを図ることはできたが「世界一」を口にできるレベル、メダルを語れるレベルまでは至らなかった。
競技団体名をトライアスロンジャパンの変更し、更なる活動を進めているが、世界一はまだまだ遠い目標だ。

現在、川合ヘッドコーチや田山コーチが真剣に取り組んでいる。
もちろん世界を目指す選手もスタッフも真剣だ。
だが「世界一を目指す」ことの意味を理解できている選手、スタッフ、関係者はあまりに少ない。
そもそもオリンピックでの戦い方を語れる指導者・選手がわずかしか存在しない。
強化という投資に見合った結果を出せていないため経済的な支援も厳しい。
現状の選手たちはプロ選手と名乗ったとしても競技生活にゆとりがある訳でもない。
指導者は更に厳しい。
指導で生計を立てるならエリートなど指導せず、エイジ選手を指導する方が効率的だ。
このような状況下で「世界一を目指せ!」といっても厳しいことは誰でも理解できる。
だが多くの関係者がこの現実から目を背ける。
避けて通りたい課題に取り組んでゆかなければ、サッカーを筆頭としたプロスポーツ競技と肩を並べることは難しい。

世界一を目指すのであれば嫌なこと不可能と思われる課題とも真剣に向き合わなければならない。
常識に囚われているうちは、常識を超えることはできない。
もはや個人レベルでの話ではないのだ。
本気で目標を達成したい、心から目標を達成したいと考える選手、関係者が一丸となって向き合わなければ、その場所には到底、辿り着くことはできない。
競技を普及させ、レベルを上げ、少しずつ世界一を目指す選手を増やし、そしていつの日か世界一を語れるようにしてゆくことが我々の競技においても重要だ。
そのためには情熱ある人材の育成が求められる。

トライアスロンはどこまで本気になれるのか。
個人主義が強い種目であるがゆえに一体感を生み出すため何が必要かを問われている。

 

【写真1】
日産カップ大会。
山倉紀子TRIJ副会長と現在のエリートで参戦する中込英夫選手。
1980年代から競技活動を続ける、支える仲間だ。

NISSAN_cup_nakagome&yamakura
 

 

 

 

 

 

 

 

【写真2】
台風で開催が危ぶまれたが無事に開催された大磯・湘南ファミリー大会。
大磯ロングビーチのプールを利用した、子供たちが安全かつ安心して参加できる大会。
昨年よりも多くの参加キッズ&ジュニア選手が増えたことは嬉しい。
大会ロゴも楽しそうなデザインに。

2026湘南ファミリー大会

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【写真3】
こちらは西武園ゆうえんち にて開催されたアクアスロン大会。
「夕日の丘商店街」を通ってフィニッシュを迎える。
プールで行われるスイムは低学年選手や保護者、初心者選手にとっても安心感が高い。

seibuen_aquathlon2026

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中山俊行プロフィール


中山 俊行(なかやま としゆき)

1962年生まれ
日本にトライアスロンが初めて紹介された18歳のときトライアスロンを始める。
日本人プロ第1号として、引退までの間、長年に渡りトップ選手として活躍。
引退後も全日本ナショナルチーム監督、チームNTT監督を歴任するなど、日本のトライアスロン界をその黎明期からリードし続けてきた「ミスタートライアスロン」。

【主な戦績など】
第1回、第2回 宮古島トライアスロン優勝
第1回、第2回 天草国際トライアスロン優勝
1989年から8年連続ITU世界選手権日本代表
アイアンマン世界選手権(ハワイ・コナ)最高順位17位(日本歴代2位)
初代・全日本ナショナルチーム監督
元・チームNTT監督
元・明治大学体育会自転車部監督
第32回オリンピック競技大会(2020/東京)トライアスロン日本チーム監督

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