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第227回コラム「第40回宮古島トライアスロン大会」

2026年4月19日、日本におけるトライアスロンの歴史を作ってきた大会の一つ「全日本宮古島大会」の記念すべき40回大会が開催された。
スイム3km、バイク123km、ラン42km、合計168km。
新型コロナの影響や財政面の課題など、その歴史において発生した数々の困難を乗り越えて継続開催。
大会当日の朝は思わぬ豪雨により、開催できるか判断に迷うような状況に襲われたが、スタート時には良好な天気へと変わる。
選手たちはそれぞれの想いを胸に大会に挑んでいった。

1985年4月、沖縄県の宮古島で開催されたこの大会。
第1回大会はスイム3km、バイク136km、ラン42km。
現在の大会とほぼ同等の距離で開催されている。
当時は島をつなぐ橋はひとつもなく、島一周をする道も完成していない。
ムイガー断崖(七又海岸)周辺は未舗装路であった。
NHK衛星放送の全国周知に向けて丸一日放送が行われるなど、今とは全く異なる状況下で開催された。

40年の歴史を経て、大会は洗練され、選手のレベルも大幅に上がる。
男子は古谷純平選手、女子は平柳美月選手が素晴らしいタイムで優勝。
両名ともプロ選手として宣言した通り事前の予想にたがわぬ結果を出した。
国際大会とは直接関係ないが、選手たちの活躍は日本におけるロングディスタンスの大会の一つの指標となる。
アイアンマン・ハワイにおいては1980年代に宮塚英也選手がトップ10に入って以来、「トップ10」の壁を破れていない。
女子も村上純子選手の12位を最高位として更新ができていない。
上位の選手には世界の舞台で結果につなげて欲しい。

一方、トライアスロンの原点。
「完走者は全員が勝者」の理念のもと挑戦した多くの選手たち。
今年は海の流れが厳しく、多くのDNF選手が出てしまった。
自然が相手のトライアスロン、優しいときもあれば厳しいときもある。
見事に勝者となった選手には祝福を、次回への挑戦となった選手には激励を。
宮古島の人たちは今も昔も暖かい。

もっとも感動したことは、フィニッシュテープを切る50m手前から地元芸能を披露してくれた太鼓演者の方々、チアリーディングの子供たちが選手に寄り添って一緒に走ってくれること。
このサポーターたちは、まだ暑い時間帯から最後の選手がフィニッシュするまで、一体何時間、何回走ったのだろう。
一緒に走るのは、義務ではなく好意と聞いた。
本当に素晴らしい、そして選手にとっては嬉しいプレゼントではなかろうか。
この素敵なプレゼントを、とてもうらやましく思った。

大会が成功したからといって継続が約束された訳ではない。
「競技中、一部の選手からの心ない言葉によってボランティアが集まらない」
こんな話を聞くこともあった。
ボランティアや大会スタッフには感謝の気持ち、謙虚な心をもって対応して欲しい。
選手のみならず主催者、島民、ボランティアが一体となって開催されている大会であり、一体となってこそ開催できている大会がこの宮古島大会であることを忘れてはならない。

 

【写真1】
フィニッシュライン直前で待ち、選手を励ましながらフィニッシュテープ直前まで一緒に走ってくれる。
最高のフィニッシュに花を添えてくれる。
残念ながら上位入賞選手は速すぎて、このプレゼントは受け取れない。

miyakojima_finish2

 

 

 

 

 

 

 

【写真2】
大会開催に向けて全力協力して頂いている嘉数・宮古島市長。
私と同世代のパワフルな市長さんです。

miyakojima_記事2

 

 

 

 

 

 

 

 

【写真3】
第1回宮古島大会開催に尽力して頂いた面々。
私も含め、みな元気で嬉しい限りです。
年齢層が高いのは40年の歴史を物語っています。

宮古島1985スタッフ

 

 

 

 

 

 

 

【写真4】
表彰式のときリザルトと共に掲示。
大会本部スタッフが描いてくれました。
種目別、総合のタイムが掲示されている。
素晴らしいタイムです。

宮古島ボード絵2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中山俊行プロフィール


中山 俊行(なかやま としゆき)

1962年生まれ
日本にトライアスロンが初めて紹介された18歳のときトライアスロンを始める。
日本人プロ第1号として、引退までの間、長年に渡りトップ選手として活躍。
引退後も全日本ナショナルチーム監督、チームNTT監督を歴任するなど、日本のトライアスロン界をその黎明期からリードし続けてきた「ミスタートライアスロン」。

【主な戦績など】
第1回、第2回 宮古島トライアスロン優勝
第1回、第2回 天草国際トライアスロン優勝
1989年から8年連続ITU世界選手権日本代表
アイアンマン世界選手権(ハワイ・コナ)最高順位17位(日本歴代2位)
初代・全日本ナショナルチーム監督
元・チームNTT監督
元・明治大学体育会自転車部監督
第32回オリンピック競技大会(2020/東京)トライアスロン日本チーム監督

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