TOP > 連載コラム > トシ中山の「渾身の一撃」 > 第223回コラム「続け!!日本を背負う選手たち、コーチたち。」

第223回コラム「続け!!日本を背負う選手たち、コーチたち。」

日本トライアスロンの歴史に名を刻んできた高橋侑子選手が引退した。
最終戦となったWTC宮崎においてもスイムから攻撃的なレースをし、バイクでも鬼のように先頭を引きまくり、最後のランでも自身の走りを披露し、入賞を果たした。
日本を引っ張ってきた王者らしい戦い、王者らしい結果を残して有終の美を飾った。

新型コロナの影響を受けた東京2020オリンピック。
日本代表として共に戦った小田倉真選手、岸本新菜選手に続き高橋侑子選手が引退した。
残る選手はニナー賢治選手のみ。
私自身が日本チームの監督を務めた東京オリンピック。
共に戦ってくれた選手が自身の競技人生に線引きをしてゆく瞬間に立ち会えたことは嬉しくもあり、切なくもある。
高橋選手が積み重ねてきた貴重な経験を次世代へとつなげていってくれたら嬉しい。

日本選手権では林愛望選手が高橋選手に先着した。
日本人選手だけの大会とは言え、高橋選手に先着した選手が存在したこと、すなわち高橋選手がバトンを渡す選手が出てきたことは嬉しい結果だ。
林選手はまだまだ若く、伸び盛り。
「日本基準」「アジア基準」ではなく「世界基準」で戦える選手に成長して欲しいと思う。

今年はアジアでユースやジュニアでの大会が増えた。
アジアの大会では優勝を含め、大きな結果を残してきている。
これは素晴らしいことであり、選手の力であり、指導者の力である。
だが前にも伝えた通り、アジアと世界のレベルは桁違いだ。
「アジアで勝つ」と「世界で通用する」は全く別物であることを理解しておかなければならない。
これは選手ばかりの話ではない。
指導者も、それを支える関係者にも同じ認識を持たなければならない。

宮崎大会・男子。
最後のラン5kmを14分台で走った選手が19名。
14分30秒を切った3選手が表彰台に上った。
女子は16分台で走った3選手が表彰台を獲得。
どの選手も国内で陸上競技の日本選手権に出場できる可能性のあるレベル。
但し、ここはワールドカップ。
この上位大会に世界シリーズがあることを忘れてはいけない。

WTCSで戦える選手こそが「世界で戦える選手」なのだ。
アジアでの優勝とは世界が異なる。
高橋選手は世界で戦ってきた。
過去の日本代表のオリンピアンもオリンピックで結果は出せていないが紛れもなく世界で戦ってきた選手たちだ。

世界で戦うことを目指す日本選手たちは誰もが必死にトレーニングしている。
自分の全てをつぎ込んで挑戦している。
それでも世界に歯が立たないケースがほとんどだ。
だからこそ選手任せにするのではなく、指導陣も関係者も必死になる必要がある。
指導者、選手をサポートする関係者も世界レベルにならなければ、世界レベルの選手を育てることはできない。
国内で満足することなく、アジアで満足することなく、世界で活躍する指導者と同等のレベルで戦える指導者を増やすことが、戦う選手を増やすことと等しく重要なのだ。

 

【写真1】
次世代合宿(2025/長野)。
有望な選手、優秀な指導者(私を除く)、良好な環境。
国内で強くなることは可能だ。
だが選手自身の努力だけではどうにもならない部分がある。

次世代合宿

 

 

 

 

 

 

 

 

【写真2】
優秀な指導者の育成は急務だ。
佐賀を拠点として活動する甲斐瑠夏&いずみ夫妻。
選手として活動を続けながら地域普及&強化のために活動をスタート。
宮崎大会ではTOとして協力してくれた。

甲斐夫妻_宮崎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中山俊行プロフィール


中山 俊行(なかやま としゆき)

1962年生まれ
日本にトライアスロンが初めて紹介された18歳のときトライアスロンを始める。
日本人プロ第1号として、引退までの間、長年に渡りトップ選手として活躍。
引退後も全日本ナショナルチーム監督、チームNTT監督を歴任するなど、日本のトライアスロン界をその黎明期からリードし続けてきた「ミスタートライアスロン」。

【主な戦績など】
第1回、第2回 宮古島トライアスロン優勝
第1回、第2回 天草国際トライアスロン優勝
1989年から8年連続ITU世界選手権日本代表
アイアンマン世界選手権(ハワイ・コナ)最高順位17位(日本歴代2位)
初代・全日本ナショナルチーム監督
元・チームNTT監督
元・明治大学体育会自転車部監督
第32回オリンピック競技大会(2020/東京)トライアスロン日本チーム監督

Copyright © 2015 Neo System Co., LTD. All Rights Reserved.