関口秀之さん(ゴール株式会社 代表取締役社長/青山トライアスロン倶楽部代表/一般社団法人EARTH代表理事)
近年、ビジネスパーソンの注目を集め、競技人口もますます増加しているトライアスロン。過酷なイメージのあるスポーツにもかかわらず、どうしてそれほど人気となっているのか?
その理由を探るため、ライフネットジャーナル オンラインでは、プロトライアスリートの白戸太朗氏、そして、ベンチャーキャピタリストでありながら数々のエクストリームスポーツ(過酷なスポーツ)に挑戦を続ける小野裕史氏にインタビューを行ってきました。
一連のインタビューで浮かび上がったのは、トライアスロンの目的が「競争」ではなく、「自分を磨くこと」にあること。あえて困難なスポーツに挑むことで、「小さな成功体験」が積み重なり、「潜在能力への信頼」が生まれ、「日々の仕事への自信」にもつながっていくことを教えてもらいました。明確な目標に向けて練習をする経験は、ビジネスにおいてもプラスに働くようです。
もちろん、スポーツとしての楽しさもそこにはあります。しっかりとしたトレーニングを必要とするだけに、大会に挑戦するトライアスリートたちには同志としての絆が生まれ、コミュニティの輪が広がっています。
エクストリームスポーツの魅力に迫る連続企画の最後は、そんなトライアスロンのコミュニティ「青山トライアスロン倶楽部」を都内で運営する、ゴール株式会社の関口秀之さんのインタビューです。関口さんはもともと、IT企業に務めていた人物。後にベンチャー企業を中心にコンサルティング&マーケティングを行う企業としてゴールを創業しましたが、なぜ今、トライアスロンビジネスを手掛けているのか。異業種への挑戦の理由についてうかがいました。
■トライアスロン=鉄人スポーツのイメージを変えたい
都市型トライアスロンコミュニティ「青山トライアスロン倶楽部」が誕生したのは2010年4月。今でこそトライアスロンにどっぷり浸かった日々を送る関口さんですが、実はこのとき、トライアスロンはまったくの未経験だったといいます。青山トライアスロン倶楽部と、関口さんが立ち上げた「スポーツで社会的課題を解決する」「スポーツで地域を活性化する」「スポーツで人々を幸せにする」をミッションとする一般社団法人EARTHのロゴが入ったオリジナルウェットスーツ
「すべてのきっかけは会社で2016年東京オリンピック・パラリンピック招致の仕事に携わっていたことでした。もともとIT系クライアントのマーケティングを手掛けるB to Bの会社としてゴールを起業したのですが、リーマン・ショックを経て、『劇的な成長はしなくても、景気に左右されづらいオンリーワンの事業を立ち上げたい』という思いが強くなっていたんです。
そこで僕がずっと思い描いていたスポーツの仕事ができないかと、早稲田大学大学院のスポーツ科学研究科に通いました。オリンピック招致の仕事をコンペで勝ち取ることができたのは、ちょうどそんなタイミングでした。
願ってもない依頼であり、自分のライフワークといえるくらい没頭した仕事でしたが、結果は残念ながら招致落選。ただ、スポーツビジネスには何らかのかたちで関わりたいと思っていたので、ほかに盛り上がっているスポーツを探したんです」
そこで関口さんが注目したのは、当時すでに大人気となっていた東京マラソン。日本中から参加者が集まる一大スポーツイベントですが、人気がある分、参加するためには高い倍率の抽選に当たらなければなりません。当然、落選する人のほうが参加者の何倍もいます。
「抽選で落選した人たちのスポーツに対するモチベーションを何かに生かすことができれば、スポーツビジネス全体を盛り上げることができる。そこで思いついたのが、長距離ラン・自転車・スイムの3種目がそろうトライアスロンでした。
トライアスロンとの出会いは偶然でした。日本のトップ選手が集まる『日本トライアスロン選手権』がお台場で開催されていたのですが、当時はどんな選手が出ていたのかもわからず、レースを初めて観戦した感想は『ずいぶん参加者が少ないなあ』。それを見たとき、レースに挑戦してみたいトライアスロン初心者や街を巻き込んで誰でも気軽に参加できる大会を作ることができれば、もっとたくさんの人に参加してもらえるのではないか、東京を代表するスポーツイベントにできるのではないかと思ったんです。
オリンピック招致の経験なども踏まえ、日本トライアスロン連合に企画を持ち込みました。そこで縁ができ、同連合の大塚専務理事から、『本気でやるなら、クラブを作ってみないか?』と誘われたんです。日本を代表するトップチーム『チームケンズ』の創設者であり、ナショナルチームの飯島監督を紹介していただき、『チームケンズ』をコーチングパートナーとしてスタートするところから、青山トライアスロン倶楽部が生まれました」
関口さんが連合の方に伝えたことは、「都市型のクラブを通じて、トライアスロン=ツラいスポーツというイメージを変えたい」ということ。つまり、トライアスロンのハードルを下げ、初心者が気軽に参加できるコミュニティを作ることでした。
「トライアスロンって、海外だと意外にカジュアルなスポーツと捉えられているんです。3種目ありますが、それぞれは特別な種目ではありません。ランも自転車もスイムも、ほとんどの人が一度はやってみたことがあるものばかり。
もちろん何十キロもある大会には、それなりの準備をして挑む必要があります。でも海外ではトライアスロンの内容にバリエーションがあって、短い距離の場合は、当日参加OKのローカルな大会や、子ども向けの大会も充実しています。まずは競技へのハードルを下げなければ、トライアスロンは日本に根付かない。そこで新しいコンセプトのクラブを立ち上げることにしたんです」
■競技未経験で始めたトライアスロン倶楽部運営
関口さんが代表をつとめる一般社団法人EARTH主催のスイム教室「お台場オーシャンスイムクリニック」
しかし関口さん自身もトライアスロンは未経験。クラブを運営しながらトライアスロンの経験を積んでいったのですが、最初は「本当に自分に向いているのかな?」と疑問に思うこともあったとか。
「僕は水泳が苦手だったんです(笑)。クロールは25メートル泳ぐのが精一杯という状態から始めたから、最初の頃は大変でした」
転機となったのは数か月後の第1回館山わかしおトライアスロンの大会。それまではチームとしての参加で長距離ランのみを担当していた関口さんでしたが、通常の半分の距離で3種目に挑戦する「スプリント・ディスタンス」で初めて“3種目デビュー”を果たします。
「自転車を購入して、水泳も距離を泳げるように必死でトレーニングして、なんとか完走できれば……くらいに思っていたのですが、40代で3位に入賞できたんです。それにものすごい達成感を覚えて、一気にトライアスロンの魅力にハマっていきました」
トライアスロンがもたらす「小さな成功体験」が、関口さんの自信となった瞬間でした。
「よく『競技経験はなかったけどクラブを立ち上げました』って話すと驚かれます。でも、そんな僕でもこうしてトライアスロンを楽しむことができているということが、何より青山トライアスロン倶楽部の理念を体現しているんです。
初心者でも尻込みする必要ない。自分のペースでトレーニングしていけば、誰だって楽しさを感じることができる。『過酷』というイメージばかりが先行していますが、本来はそれがトライアスロンというスポーツの良さなんです」
現在、青山トライアスロン倶楽部の会員は150人ほど。3分の1近くは女性会員だといいます。年齢層も幅広く、20代~60代まで。キッズ会員もおり、昨年からは小学生の参加も受け付けています。さらに障がいを持ったパラトライアスリートも2名所属しています。
クラブで指導するトレーニング内容には、関口さん自身が初心者だった頃の経験も反映されています。
「参加者のレベルに応じてクラスやレッスン内容を分けることで、初心者は無理せずトレーニングについていけるように工夫しています。また、トライアスロンに挑戦する人は水泳が苦手な人が多く、水泳指導がメインのクラブが多いです。しかし、青山トライアスロン倶楽部ではどんな人でも対応できるように、初めから3種目すべてのレッスンを用意しています。コーチに教わりながら適切なトレーニングを積んでいけば、誰でも大会に出られるようになりますよ」
■港区を世界一のトライアスロンの街にしたい
今年6月には、2020年東京オリンピック・パラリンピックのトライアスロン会場がお台場海浜公園に正式に決定。港区トライアスロン連合の理事長も務める関口さんは、都市型トライアスロンコミュニティの運営者として、「港区を世界一のトライアスロンの街にしよう」と普及活動に励んでいます。「お台場オーシャンスイムクリニック」参加者の記念撮影
「僕はお台場の海岸をイギリスのハイドパークにあるサーペンタイン・レイクのような“聖地”にしたいんです。そこは世界で初めて水泳大会が行われた場所で、競泳の起源の地になっています。ロンドンオリンピック・パラリンピックのトライアスロンでは、サーペンタイン・レイクでスイムが行われました。
トライアスロンは大規模な競技場の建設などを必要としない、自然に優しいスポーツなんです。長距離ランも自転車も水泳も、すべて今ある環境を利用して競技ができる。だから地域と調和することができるし、スペースが限られた都市に合っていると思うんです。お台場に『日本のトライアスロンといえばここ』という文化を定着させることで、港区からトライアスロンの魅力を全国に発信していきたいです。
特に競技場建設に莫大なコストをかけるくらいなら、日本が海を浄化する技術を開発し、その技術で世界中の海がきれいになり、そこでトライアスロンができる。そうなったら最高ですね」
クラブとしての目標も、世界一のトライアスロンコミュニティにすること。もちろん、競技環境の整備など、都市型だからこその壁はたくさんありますが、「東京オリンピック・パラリンピックという最大の普及の機会を得たから、あとはそこに向かってがんばるだけです」と関口さんは笑顔を見せます。
「トライアスロンのトレーニングをすれば、マラソン大会に出たり、自転車レースに出たり、水泳のレースに出たりと、いろんな大会にチャレンジできるようになります。トライアスロンをきっかけに、さまざまなスポーツへの扉が開けるのです。
しかもトライアスロンは町を盛り上げることにもつながるので、地方の町おこしとしても活用されています。港区をその成功モデルにすることで、トライアスロンだけでなく、スポーツビジネス全体が盛り上がっていけばいいと思っています」<プロフィール>
関口秀之(せきぐち・ひでゆき)
栃木県宇都宮市出身。1991年専修大学卒業。2009年早稲田大学大学院スポーツ科学研究科トップスポーツマネジメントコース卒業。2010年4月22日に「青山トライアスロン倶楽部」を設立。2011年11月一般社団法人EARTH設立。公益社団法人日本トライアスロン連合事業企画委員および港区トライアスロン連合理事長として、トライアスロンの普及・育成活動に従事している。
●青山トライアスロン倶楽部
<クレジット>
取材・文/小山田裕哉
撮影/村上悦子