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第30回「光るか、消えるか、今こそ分岐点」 

小名浜スーパースプリント大会を見てきた。
2000年、2004年と2回のオリンピック出場経験をもつ西内洋行がレースディレクター兼選手としてこの大会に係わっていた。
まだまだ現役の選手ではあるが、大会を運営するサイドに回り裏方の手伝いをすることで彼のレベルは更に向上することだろう。
支援者、応援者の「想い」を背負いながら走る術を身につけることができるからだ。
競技の基本は自分自身のために頑張ることであるが、意外と人のために頑張ることも心地よい。両親、家族、子供、支援者、スポンサー、、、時にはプレッシャーになるかもしれないが、他人の想いを背負って走れる選手は結構しぶとい。そして強い。
小名浜大会では西内を応援する支援者達の熱い想いと、大会を成功させようとする関係者達の熱い想いの両方を感じることができた。

女子は関根明子が圧勝。久しぶりに見る彼女の姿は元気だった。レースも切れ味鋭く、絶好調時を思い出させる走りだった。実際には練習拠点が決まらず武者修行をしながら迷走をしているようだが早く居場所を見つけて欲しいものだ。
今なら北京五輪に向けてまだ間に合う。まさに今、分岐点に立っているといえる。
彼女には五輪代表選手を目指すのではなく、世界で戦える選手を目指して再スタートを切ってほしい。出場だけを目指すのであれば、こんな辛い思いをして頑張る必要はない。我々も必要としない。
しかしもう一度「世界」を目指してほしいと願う。余計なプライドをかなぐり捨てて再挑戦してほしい。それだけの実力は持っているからだ。そしてそれを支える協力者だって存在する。更に強く光り輝くか、それとも消え去るか、選ぶのは彼女自身だ。
できるなら真の意味で強い関根明子に戻って来て欲しいと願っている。

皆生では40歳を越えた藤原裕司が優勝。彼の強さに驚くばかりだが、若手が台頭できずにいる現状は悲しみばかりが募る。日本トライアスロン界も高齢化が著しい。
私のときもそうだったがトップ選手は自分から引退する気はあまりない。だからこそ若手選手に「引退させられたい」のだ。
若手選手の強烈な強さに全く歯が立たたなくなり、「あなたの時代は終わりましたよ」と若手選手に結果で告げられる。だからこそ、自分の引き際を明確に知り、潔く引くことができるのだ。若手が育たないことは指導する我々にも問題はあるが、この競技が若者を惹きつける魅力に欠けていることも、その原因のひとつだろうか。
「トライアスロン」という競技自体も大きな分岐点に差し掛かっている。
この先、スポーツとして輝いてゆけるのか、それとも消えてゆくか。
今のままでは明るい明日はない。

(写真1)
関根選手の最大のサポーター。優秀なトレーナーであり、武道家でもある。
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(写真2)
自転車競技日本選手権・女子スプリントで見事に優勝した後輩。
男子チームも大学対抗チームロードレースでも見事に優勝した。
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中山俊行プロフィール

中山俊行(なかやま としゆき)
1962年生まれ
日本にトライアスロンが初めて紹介された18歳のときトライアスロンを始める。
日本人プロ第1号として、引退までの間、長年に渡りトップ選手として活躍。
引退後も全日本ナショナルチーム監督、チームNTT監督を歴任するなど、日本のトライアスロン界をその黎明期からリードし続けてきた「ミスタートライアスロン」。

【主な戦績など】
第1回、第2回 宮古島トライアスロン優勝
第1回、第2回 天草国際トライアスロン優勝

1989年から8年連続ITU世界選手権日本代表
アイアンマン世界選手権(ハワイ・コナ)最高順位17位(日本歴代2位)
初代・全日本ナショナルチーム監督
元・チームNTT監督
元・明治大学体育会自転車部監督

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