TOP > 連載コラム > トシ中山の「渾身の一撃」 > 第57回「新人登竜門!! 天草大会」

第57回「新人登竜門!! 天草大会」

オリンピックディスタンス・トライアスロン発祥の地。熊本県天草市。
ジャパンカップの中に含まれるこの伝統ある大会は、かつてワールドカップにもなったこともあり日本選手にとっては母なる大会といえる。
プチ自慢をさせてもらえれば、第1回、第2回の天草大会では私が優勝している。
この大会で2連覇を達成しているのは私と、シドニー&アテネ五輪代表の西内洋行の2名だけ。
最近、「中山さんはレースしたことがあるのですか?」と聞かれることも多くなった私だが「選手だった」ということを、この場を借りて証明しておく(苦笑)。
ジュニア選手とU23の選手にとっては、この大会の優勝者イコール世界選手権日本代表という重要なレース。出場選手は少なかったものの、その迫力はエリート部門にも劣らなかった。
ジュニア男子は細田貴茂、ジュニア女子は山本奈央が実力を見せ付けて見事に優勝。世界への挑戦権を獲得した。U23クラスでは、男子・若杉摩耶文、女子・菊池日出子がチケットを獲得。

エリートカテゴリーはバンクーバー世界選手権への最終調整として参加する選手と、世界選手権への出場権はないものの明日の日本を背負う選手との「意地」と「未来」を賭けた戦いとなった。
男子は、福井英郎と高濱邦晃が本命。この2名を破る選手の出現を期待した。が、残念ながら高濱2位、福井3位と新たなナショナルチーム候補選手は出現しなかった。エリート男子は選手層の薄さが今後も大きな問題となるだろう。
一方エリート女子は、足立真梨子、中島千恵、菊池日出子、古谷あかね、大松沙央里とワールドカップ転戦組の争いとなることが予想された。優勝は不調ながらも意地を見せた足立が奪い取った。しかし2位には佐藤優香、3位には蔵本葵という新たな顔が入賞して女子の選手層の厚さを感じさせる。特に佐藤はSWIMで先行すると、BIKEでも折り返しまで、中島、古谷の3名グループで先行。大集団に捕まった後も中島、菊池の揺さぶりに耐え、RUNでは優勝者の足立と5km地点まで先頭争いをするという大活躍を見せた。高校生と、まだまだ発展途上であることを考えると「有力な日本代表候補が出現した」といえるだろう。第24回天草国際大会のMVP選手としたい。

北京五輪代表選手も決まり、代表となった選手には、世界のトライアスロン史の中で1ページを作り上げて欲しい。
同時に、次世代を担う選手には、「自分が歴史を作る」という意識をもって競技に取り組んでほしい。
このコラムの冒頭にも書いたが、23年前の優勝者の名前は今でも大会パンフレットに掲載される。「優勝する」ということは、その大会の歴史に名を刻むということ。10年後、20年後、大会が続く限り名前は掲載される。「1位と2位は天と地ほどの差」という理由の一つはここにもある。
次の名前を刻むのは誰か?
私が日本トライアスロン界の歴史をつくる!! 大いなる志を持った選手の出現を望む。

1第24回天草大会優勝者・足立真梨子(右)。チームケンズの後輩であるが、今大会一番の立役者となった佐藤優香(左)。佐藤はレース内容では先輩を上回っていた。しかし勝利は先輩としての意地を見せた足立の手に。
2ど真ん中に立った選手だけが08年・世界選手権の代表資格を獲得した。左から古川翔子、大谷真史、山本奈央、細田貴茂、野田菜月、宇都宮涼太。あわてず、あせらず、ジックリと成長していってほしい

中山俊行プロフィール

中山俊行(なかやま としゆき)
1962年生まれ
日本にトライアスロンが初めて紹介された18歳のときトライアスロンを始める。
日本人プロ第1号として、引退までの間、長年に渡りトップ選手として活躍。
引退後も全日本ナショナルチーム監督、チームNTT監督を歴任するなど、日本の
トライアスロン界をその黎明期からリードし続けてきた「ミスタート ライアス
ロン」。

【主な戦績など】
第1回、第2回 宮古島トライアスロン優勝
第1回、第2回 天草国際トライアスロン優勝

1989年から8年連続ITU世界選手権日本代表
アイアンマン世界選手権(ハワイ・コナ)最高順位17位(日本歴代2位)
初代・全日本ナショナルチーム監督
元・チームNTT監督
元・明治大学体育会自転車部監督

Copyright © 2015 Neo System Co., LTD. All Rights Reserved.