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2012世界トライアスロンシリーズ横浜大会(エリート)

1世界トライアスロン女子
開催日 2012.9.29
天候 晴れ
気温/水温 29.0℃ 水温:24.0℃(AM11:00現在)
参加者数 女子31名、男子39名
レポート・写真 レポート:茂木宏子 写真:うさみたかみつ

 


ロンドン五輪から2か月弱の9月29日――。世界トップレベルの戦いが再演されるかのような豪華な顔ぶれが横浜に集結した。男子五輪チャンピオンのアリスター・ブラウンリー(英)が当初の出場予定を取り消したのは残念だったが、男女とも五輪銀メダリストや入賞者が勢揃いする一方、迎え撃つ日本選手も五輪代表含むベテランと若手有望株が男女8人ずつエントリーした世界トライアスロン選手権(WTS)横浜大会。出場選手数こそ女子31人、男子39人と少なめだったものの、質の高いレースが予想された。

朝8時6分に号砲が鳴った女子のレース、まずはスイムをオランダの新鋭レイチェル・クラマーが制して先頭で上がる。僅差でサラ・グロフ(米)、エマ・モファット(豪)、アイリーン・モリソン(アイルランド)、アンドレア・ヒューイット(ニュージーランド)と続き、6番目で上がってきたのが2010年ユース五輪初代金メダリストの佐藤優香(トーシンパートナーズ・チームケンズ)だ。五輪銀メダリストのリサ・ノルデン(スウェーデン)を1秒上回る健闘でバイクの第1パックに食い込み、会場の期待は高まった。

バイクに入ると29℃という気温はもちろん、アジア特有の湿度の高さが海外の選手たちを苦しめる。おまけに横浜のバイクコースは道幅が狭くコーナーが多いテクニカルなコースのため、スピードを上げにくい。第1パックの有力選手たちが牽制し合っているうちに、後続との差が見る見る詰まっていく。高橋侑子(法政大学)、崎本智子(枚方スイミングスクール)、井出樹里、足立真梨子(ともにトーシンパートナーズ・チームケンズ)、庭田清美(アシックス・ザバス)、菊池日出子(宇都宮村上塾)の日本選手を含む第2パックが一気に飲み込んで28人の大集団となった。

日本選手は集団前方から真ん中あたりの好位置につけるが、海外有力選手たちはリスクを冒して逃げを図るよりラン勝負に切り替えたのか、集団の後方で脚をためる作戦に徹している。終始まったりとしたスピードでのレースとなり、勝負の行方はランに持ち込まれた。

圧巻だったのは、海外有力選手たちのトランジションだ。バイク終了時の位置取りからランへの切り替えがとにかく巧み。集団でいい位置につけていたはずの日本選手は置いていかれ、ノルデン、アン・ハウグ(独)、エリン・デンシャム(豪)、マーケ・カーレス(オランダ)、アシュリー・ジェントル(豪)、モファットら実力者たちが先頭集団を形成。レースの主導権を握る。暑さを警戒してかランでも飛び出す選手はなく、バテた選手が1人、2人と脱落していく耐久戦で、最後にスパートをかけたのがノルデンとハウグだった。ロンドン五輪ではニコラ・スピリグ(スイス)との壮絶なラストスパートに敗れたノルデンだが、そのVTRを再生しているかのようなスプリント勝負に挑んで今度は見事に金メダルを獲得した。

「五輪のときのようなスプリントをしたくなかったので、2009年の横浜大会で優勝したときと同様、最後のエイドステーションからコーナーを2つ曲がったところで前に出たんですが、ハウグ選手はいつも一緒に練習をしているパートナー。私の手の内を知っているので、何度引き離そうとしても追いついてきた(笑)。でも、最近はとても調子がいいですし、日本はレース会場の雰囲気も環境も人もお寿司も好きなので勝てたんだと思います。来月のWTSグランドファイナルまでまだいくつかレースが残っていますが、ロンドン五輪で取り逃した金メダルをグランドファイナルでぜひ取り返したいですね」(ノルデン)

一方、ランで上位に食らいつく気迫を見せた日本選手は佐藤と同い年の成長株・高橋だ。ロンドン五輪直後に行われたWTSストックホルム大会(スプリント)で8位入賞し、すっかり自信をつけた。バイクからランへのトランジションを6位で抜け出す好スタートを切り、最後まであきらめない粘りの走りで13位フィニッシュ。ロンドン五輪日本代表の先輩たちはもちろん、ライバルの佐藤も抑えて日本人1位の座に輝いた。

「今までは日本のオリンピアンたちとレースをしても、ランスタート直後に離されて勝負させてもらえなかった。でも、大学の夏休みに日本食研トライアスロン部の相澤義和コーチにランニングの指導をしてもらったおかげで、だんだん勝負できるようになってきました。佐藤選手と2人で切磋琢磨しながら世代交代できたらいいなと思っています」(高橋)

練習不足の五輪代表組が本来の実力を発揮できなかったのは仕方のないところだが、海外の有力選手とのモチベーションの差は非常に気になるところ。日本選手に有利な蒸し暑い気候の中で、1位のノルデン(33分20秒)から7位のグロフ(33分45秒)までがラン10㎞を33分台で走っているのに対し、日本選手は上田藍(シャクリー・グリーンタワー・稲毛インター)の34分44秒が最高タイムとその差は歴然。スイムとバイクを先頭集団で戦いつつランを33分台で走る力をつけないことには、4年後のリオ五輪は話にならないだろう。

世界最強のアリスターとジョナサンのブラウンリー兄弟(英)が不在の男子のレースは、五輪銀メダリストのハビエル・ゴメス(スペイン)が優勝の最有力と目された。

最初のスイムで会場を沸かせたのは日本の五輪代表・田山寛豪(NTT東日本・NTT西日本/流通経済大学職員)。スイムを得意とするリチャード・バルガ(スロバキア)、イーゴリ・ポリャンスキー(ロシア)に続く2秒差、ゴメスの直前となる3位で海から上がったのだ。

しかし、バイクでは蒸し暑さでバテることを警戒した海外有力選手たちのペースが上がらず、後続集団に第1パックが次々と飲み込まれ、女子と同様にまったりとした大集団の戦いに……。女子以上に世界と実力差がある男子では、このままの展開では日本選手の上位入賞は厳しい。そう思った矢先、大集団から2人の選手が逃げを打った。日頃から仲がいいという細田雄一(グリーンタワー・フェリック・稲毛インター)とクリス・ゲメル(ニュージーランド)だ。

「ぼくが前に出た瞬間、クリスも行きたそうやなと感じたし、彼もぼくと同じでランニングが走れない。どうせ走れないなら自分自身もお客さんも楽しめるようなレースをしようと思って動いたんです。賛否両論あるとは思いますが、今日は五輪選考がかかったレースでもないですし、自分がやりたいレースをやって楽しみました」(細田)

後続集団に50秒の差をつけてランに入った瞬間は、昨年のWTS横浜大会のランスタートで細田がトップを快走したシーンを思い出した人も多かったのではないか。 「ぼくも一瞬”あれっ?”と思いました。このまま逃げ切れるのではないか、とね。でも、やっぱり練習は嘘をつきませんね」(細田)

その言葉通り、50秒の貯金は瞬く間に底をつき、1周目の途中で走力のある選手たちに次々と抜き去られる。代わってトップに立ったのが優勝候補筆頭のゴメス。快調な走りを見せて「優勝はゴメスで決まり!」と思われたが、その後ろ姿をひたひたと追いかける小柄な選手がいた。昨年の覇者ジョアン・シルバ(ポルトガル)だ。少年ぽい面立ちを補うかのようにひげを蓄えた23歳の新鋭は、ゴメスを16秒上回るランタイムをたたき出して、レース終盤にまさかの逆転。ロンドン五輪9位の実績がフロックでないことを証明した。

「今日はレースをしていてすごく楽しかったので、ゴメス選手を逆転できると思っていました。彼はすばらしい選手なので、マッチレースができて光栄です。昨年に続く連覇で、横浜は私にとってより思いの深い街となりました」(シルバ)

優勝の金メダルがするりと手から滑り落ちてしまったゴメスは、次のようにレースを振り返る。 「実は、大会2週間前に左足首をひねって2~3日トレーニングができず、出場するか否かでギリギリまで迷っていたんです。今、自分ができる限りのことをやろうと思ってレースに臨み、想像していたよりいいレースができたんじゃないかな。ぼくも金メダルが取れると思っていましたが(笑)、今日はシルバ選手の方が速かった。でも、今季の年間タイトルはどんなことがあっても取りたいので、グランドファイナルに向けてまだまだ頑張りますよ」(ゴメス)

一方の日本選手だが、バイクで見せ場をつくって会場を盛り上げた細田は「こんなに長いラン10㎞は生まれて初めて」といい、20位まで順位を落としてしまった。代わって安定した走りを披露し、日本人1位に入ったのがベテランの田山。細田がバイクで逃げたときも「この蒸し暑さの中、最後の1周で集団から逃げるのはたった5㎞とはいえかなり消耗する。その反動は確実にランに来るので、2人を逃がしても大丈夫と思っていました」と冷静に戦況を見極め、沿道の応援という後押しを受けて10位に食い込んだ。

リオ五輪に向けて若い力が”世代交代”を早くも宣言する元気のいい女子に対して、何とも不甲斐なかったのが男子の次世代組。ロンドン後に”もぬけの殻”状態になっていた五輪代表組が見せ場をつくったのに、期待の下村幸平(ボマレーシング・JSS深井)は細田に次ぐ21位(日本人3位)にとどまり、22歳の石塚祥吾(日本食研)は完走者35人中の31位、20歳の椿浩平(宇都宮村上塾)も34位とまったく振るわなかった。

「今日のレースを見たジュニアの選手たちが”お前を抜いて次のリオ五輪はオレが行ってやる!”と思うような選手が出てくることを期待しているんです」

とレース後に田山が語っていたが、このままだと日本の若手は世界を目指すどころか、国内のベテランにすら追いつけない。そんなシビアな現実を改めて実感させられたレースだった。

 

 

 

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茂木 宏子(もぎ ひろこ)
フリーランスライター。日本大学法学部新聞学科を卒業後、「週刊ポスト」や「DIME」などで活躍。80年代末にはスキーブームのきっかけとなる「極楽スキー」(小学館)の編集制作に関わった。トライアスロンの取材も15年以上に及ぶ。取材のフィールドはスポーツに限らず、ビジネス、最先端テクノロジーなど。 主な著書は「メダルなき勝者たち」(ダイヤモンド社)「お父さんの技術が日本を作った!」「夢をかなえるエンジニア」(いずれも小学館)。 第46回小学館児童出版文化賞受賞。現在、筑波大学大学院人間総合科学研究科体育学専攻に在学中。

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