カーフマンジャパン 南関東ステージ大会レポート            

                  オルカジャパン
                       マイケル・トリーズ

 

皆さんこんにちは、マイケルトリーズです。
今日は2月12日に行われたカーフマンについてレポートします。

私は1992年2月、日本で始めてのデュアスロンをしました。それは、昭和記念公園でした。14年間、何度もこの公園で戦い、また先週このレース会場に戻ってきたのでした。

もう何度、この公園でレースをしたか忘れてしまいました。
この公園は私がプロだった時代でいくつもの思い出が刻まれています。
43歳になった今、この公園でまたこんなレベレルの高い若者たちとレースができたことはとても幸せでした。

今回のレースは日本のデュアスロンの大会の中でもトップ選手が数多く集まるハイレベルの大会でした。

第二ランに入るまでは誰が優勝するか分からない、はらはらドキドキの展開だったと思います。
私個人の結果はそんなにすばらしいものではありませんでしたが、6位の私でさえ優勝した深浦君に1分も差がつかないタイムでゴールしました。見ている方は最初から最後まで楽しめたと思います。

さて、私自身のレースの感想です。
元ランナーとしては第一ランは、第一集団の中で走る自信がありました。
ドラフティングレースではこれは一番大切な要素です。なぜならばドラフティングレースのデュアスロンでは、優勝者は第二集団のランナーから追いついてくる事はめったに起こらない事とだからです。

第一ランの最初の2周はとても速い展開になりました。が、その後ペースはダウンし、その後続いたバイクでは大変な思いをすることはありませんでした。山本良介君が一時、第一集団から抜け出そうとしましたが、また深浦君と高橋君に引き戻されました。強風のレースではひとりで逃げ切ることは相当のパワーが必要なのです。
私は常に第一集団をコントロールすることができました。
しかし、この第一集団のバイクの3人の中でもパワーが足りないことも感じていましたし、第二ランにも自信がありませんでした。
なんとか最後のバイクラップにて先頭の方にたち、最後はみんながトランジッションの準備をし始めたとき、私はダッシュをして、20秒ぐらいの差をつけてバイクを先頭で終えることができました。しかし、トランジッションで失敗をし、さらに第二ランはパワーが残っていませんでした。5人ほどに抜かれ、最後は6位で終わりました。

私は修善寺の決勝戦のために日本に帰ってくる予定です。まだ4週間残っています。この4週間で私は更に強くなり、速くなる予定です。
坂のバイクコースは私は体重が軽いので私に向いています、体重が軽い私は坂を速く上ることが可能なのです。そして、私は10年以上もの間プロで数々の坂のコースを経験したため、ダウンヒルも速く下ることができるでしょう。坂を速く下るスキルというのは坂のコースではとても大切な要素となります。
私は秋田の象潟トライアスロンで1995年から出場し続けています。今のところ、優勝を逃していません。そのひとつの理由としてはこのコースはとても坂が多く、私は坂が強く、下りの技術が高いからといえます。

ですから修善寺でも、このコースは私に向いていると信じています。

これからのトレーニングを皆さんに公開したいと思います。
バイクはたくさんの坂を入れた練習をこなすつもりです。近頃はイギリスの寒くて雨の多い天候を理由にして、そういった練習をずっとサボっていました。しかし、これからはそんなことはいってられません、雨が降ったらローラー代にのらないといけません。

ランでは、イギリスの150年間も続いている伝統的なクロスカントリーレースに週末に出場します。ぬかるみ、泥だらけの森林の15キロのレースです。このレースは私ストレングスのビルドアップにつながるでしょう。

43歳になり、年をとったため、最近はトレーニングのセッションの後のリカバリーが遅くなりました。そのため、プロ時代にこなしていたハードなトレーニングを一週間のうちに何度も入れることができなくなっています。
しかし、私は9歳のころからさんざん走り続け(34年間も本気で走っています!)てきたため、もう私の体はロング・スロー・ランニングでエアロビック機能を高める練習は必要ありません。私のロング・トレーニングはバイクで必要になっているのです。
さらに、最近は現役のころに比べ多くの回復のためのマッサージが必要になっていることも発見しました。
練習の後にほっておくと、筋肉が固まってしまいます。そしてこれがケガにつながるのです。

これが昭和記念公園のレース以降の私の作戦です。

私の次のレポートまでにはこの作戦が成功するかいかないか、皆さんはレース結果をMSPO.JPでチェックできるのでしょう。乞うご期待!

本当に修善寺の大会をとても楽しみにしています。
なぜなら、私はこのカーフマンシリーズを「日本のデュアスロンの復活」と信じているからです。
1990年代前半は日本のデュアスロンの最盛期でありました。たとえは、私は茨城県の東村(あずま村)で1500人ものデュアスリートと戦いました。また、昭和記念公園で行われたJSDSシリーズでは人数が多すぎて土日の二日間に分けてレースをしたのでした。

このカーフマンシリーズがきっかけで日本のデュアスロンがまた花咲くことを本当に期待しているのです。

最後に、スポーツは波があり、何度も復活します。私もあと何年かだけでもこのスポーツの最前線に立ち続けたいと思っています!!

修善寺で出会いましょう。

See you all at Shuzenji,
マイク。







          

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