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藤原裕司の「トラ・トラ・トラ」

Vol.9:Super G3 計画(1/3)

世界には1500mを14分台で泳ぐ選手が何人もいます。2時間10分を切るマラソン選手もたくさんいます。自転車に関してはタイムを挙げるのがむずかしいですが、アイアンマンハワイのバイクパートの記録は4時間18分台です。それにくらべ私の1500mのベストは21分37秒、つまり世界のトップ選手が1500mを泳ぎ終えたとき、まだ1000mしか泳いでいません。ハワイでのバイクのベストは4時間54分で、仮にノーマン・スタドラーとバイクを同時にスタートしても、スタドラーがバイクを降りた時点で私はまだ20キロ以上を残しています。悲しいほど自分の運動能力が低いと感じます。自分はなぜこれほど遅いのか、速い選手たちと何が違い、何が足りなくて何が余計なのか、近づくために何をしなければいけないかをずっと考えてきました。今年で25年目のシーズンを迎えますが、もう十分やり尽くしたという感じがまったくありません。

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40歳を過ぎたころから、それまで行ってきた方法ではもうこれ以上速い選手たちに近づくことはできないと限界を感じ、取り組みの方向を転換しました。それは人間本来の構造どおりに体を使うという本質的な能力を伸ばせるだけ伸ばすという取り組みです。それが人生の目標・テーマです。その能力を生かす手段はトライアスロンでなくても、格闘技などのほかのスポーツでも武術でも仕事でもかまわないのですが、自分がどこまで変わったかを確認する手段として、24年分のデータがあるトライアスロンを続けています。
身体能力は年々明らかに衰えていると感じます。若いころと同じようには練習できないし、筋肉も関節もほうっておくと固くなりやすいし、汗が臭くなったし、小便は近いし、ぐっすり寝て疲れを取りたくても朝4時過ぎには目が覚めてしまうし、近いものはメガネをはずさないと見えなくなりました。しかし、そういった体の老化を差し引いても、本質的な能力を伸ばしていけば、運動能力は改善されていくと確信しています。1年に1%ずつ身体能力が低下していくとしても、1.5%ずつ本質的な能力を伸ばしていけば、自己記録を更新し続けられると希望を持って取り組んでいます。
この取り組みの中で私が意識していることは、「最終局面で最大化すること」です。
このテーマに対してどのように取り組んでいるか紹介していきましょう。

1トレーニングでの最大化

次のレースのことやそこで対戦するライバルのことを考えると、トレーニングが順調にいっていて、コンディションがよくなっていることを確認したくなるのが選手のサガだと思います。そのためレース前のトレーニングでは、体の状態がどうでもタイムを追いかけてしまうため、最初から強い力を出そうとしてしまいます。その力が身体を進めるのにどれだけ役立っているのかは問わず、筋肉に力を入れさえすれば速く進むと信じて、「頑張って速く進もう」という意識が強く働きます。体が重くても動かない手足を無理に動かそうとしてしまいます。そうなるとタイミングや方向性や連動性などに精確さのない雑な筋力に頼った動きになります。すると速く進みたい気持ちとは裏腹にすぐに手足が重くなり次の動きが遅れ、身体はどんどんいうことを聞かなくなります。しかしそうなっても、調子が悪いことを受け入れたくないので、決めた距離を設定タイムでこなすことに執着し、ただただ我慢して何とか終えます。選手も指導者もやり遂げたという達成感を感じるかもしれませんが、実際にはその時点で心も体もヘトヘトの状態です。レースでそれ以上のパフォーマンスをすることはむずかしいでしょう。マラソンのテレビ中継で、「今回は40キロ走を●本こなしたので・・・」というような話が出ますが、そういう選手がレースで思い通りに走ったケースは少ないのではないでしょうか。

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40歳になるまでの私も、トレーニングではタイムや距離を目安として取り組んできました。せいぜい心拍数で調子の良し悪しを見ていました。どんな体の使い方をするか、ほとんど考えていませんでした。筋肉に力を入れさえすれば速く進むと信じて疑わず、雑な筋力に頼った動きをしていたと思います。そして現在は以前の自分を捨て、まったく違う人間になるつもりで、本質的な動きを追い求めています。私が考える本質的な動きとは背骨や肋骨などの体幹部から主導して、筋力を最少にする自分にとっては未体験で未知の体の使い方です。今までイメージしたことがないイメージを持ち、意識したことがないところを意識し、動かしたことがない関節を動かし、使ったことがなかった筋肉を使い、経験したことがない感覚を感じる運動です。
トレーニングの最中に一度雑な筋力に頼った動きに陥ってしまうと、本質的な動きに近づくことはできません。泳いでいてもバイクを漕いでいても走っていても、雑な筋力が働かないように、体幹部をゆるめ、背骨や肋骨からゆったり動くようにします。脚や腕は最大限脱力するようにします。その日その日の体の状態に応じて動きがよくなってくると、頭がすっきりしてきて、動きが軽やかになってきます。そして終盤ほどエネルギーが湧いてきて、最大化に成功し、いいペースで気持ちよく終わります。3種目すべてのトレーニングは、毎回このような「最終局面で最大化すること」を目指して、ゆっくりしたペースで始めています。

ラントレーニングでの最大化

ランのトレーニングは、ほとんど毎日朝飯前、起きてすぐに行います。目が覚めたらセットしておいたウエアに着替え、水を1杯飲み、トイレで用を済ませたら出かけます。だいたい起きてから10分後にはスタートします。目が覚めたときに疲労感が強い日もありますが、最大化できれば走り終わったあとのほうが体は楽になると思うので、「気負わずのんびり走ろう」という気持ちで葛藤なく出かけられます。雨でも雪でも強風でも、最大化できたときの気持ちよさにはかないません。
毎日片道7.5kmを折り返す同じコースを走ります。500mごとにポイントを決めていて、その日どれぐらいの時間走れるかによって折り返す地点が変わります。例えば1時間走れる場合は、6キロ地点で折り返し12キロ走ります。また25km走るときは一度7.5km地点で折り返して2.5km地点まで戻り、また7.5kmまで引き返して戻ります。スタートから5km地点までは1~2%のゆるい上りで、そこから7.5km地点までは1%以下のさらにゆるい下りになっています。
最初200mぐらいは歩きます。それからゆっくり走り始めます。だいたい1キロ6分(時速10キロ)ぐらいのペースです。無理にペースを上げたり、力をこめたりしません。走りながら脚だけでなく全身の筋肉、関節、骨に不具合がないかチェックします。頭やお腹の具合もチェックします。不具合がなければ、体幹部をゆるめ、背骨や肋骨からゆったり動き、脚も腕も体幹の動きに導かれて動くようにして、「足の運びは意識しない」ように意識します。

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もし途中で脚の筋肉が固くなってきたり、息が苦しくなったら、躊躇せずに歩きます。もう一度ゆっくり走り始める過程に戻ります。出せないスピードは出しません。そうしないと最大化することはできません。脚の力を使おうとしたり、手先や足先や顔に力が入るととたんに動きが雑になります。
ゆっくり走っているうちに体の中からリズムが生まれてきて自然にペースが上がってきます。気持ちよく巡航できるペースになってからも、欲張ってもっと速く走ろうとはしないようにします。毎回ではありませんが、動きの最大化に成功すると、走るのが本当に気持ちよく感じます。そういう状態になったらその気持ちよさを継続するように、そして気持ちよさを増幅するようにします。地球の引力を感じられるように今よりさらに脱力を進めるように意識して、未体験の走りを引き出すようにします。ペースを管理していないので、途中で時計を見ることはほとんどありませんが、巡航している時はだいたい1km4分30秒から4分10秒のペースです。最近は心拍計をつけていないので正確ではありませんが、巡航中の心拍数は140拍程度だと思います。
最後の5kmほどは必ず下りになるので最大化に成功するとペースが上がって―――といってもだいたい1キロ4分(時速15キロ)―――気持ちよく終わります。

藤原裕司プロフィール

藤原裕司の「トラ・トラ・トラ」

藤原裕司(ふじわら ゆうじ)

1963年9月21日生まれ(46歳)、岩手県出身 栃木県那須塩原市在住。
筑波大学第1学群自然学類卒業後、石油開発会社に就職するも、トライアスロンがやりたくて3年で退職。 トライアスロン歴24年(初トライアスロンは1985年、大学4年生のときのアイアンマンジャパンびわ湖)。

トレーニング談議とアメリカ映画が大好きで、自動車のハイビームとタバコが大嫌い。
現在はGENKI塾(大田原市黒羽)での中学生への学習指導とパインズスパスポーツクラブ(大田原市中央)で水泳を指導しています。

【主な競技成績】
アイアンマントライアスロン世界選手権(ハワイ島) 最高順位 24位(1996年)
アイアンマンディスタンス最高記録 8時間39分59秒(1996年のオランダ選手権)
全日本トライアスロン宮古島大会 トップ10入り13回(最高順位は1996年の4位)

【優勝経験】
全日本トライアスロン皆生大会(1995、1996、2000、2001、2006、2008、2009、2010年)
グレートフロリディアントライアスロン(アメリカ 1996年)
日本海オロロンライントライアスロン(2000年)
トライアスロン伊良湖Aタイプ(2002年)
トライアスロンin徳之島(2003、2008年)
はつかいち縦断みやじま国際パワートライアスロン(2008年)

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コメント / トラックバック 2 件

  1. 山本 宗忠 より:

    藤原さん。 以前にオンザロードの講習会で再開しました三連勝時代にお世話になっていた山本です。 覚えていますか?

    宮塚さんと藤原さんでオンザロードの講習会に来られていた時に、今もなお第一線で活躍されている藤原さんに感動して、トライアスロンをまた始めました。

    藤原さんのフェブサイトやブログもかなりオタク並み(笑)に読まさせていただきましたが、当時高校生だった僕も今はもう33歳、これからまた始めるにあたりとても不安でしたが、藤原さんの理論を読みまだまだこれから!と生涯スポーツとしての自信がつきました。

    以前の様にただがむしゃらにやるのではなく、ひとつひとつ考えて練習していきたいと思います。

    今はオンザロードにお世話になっていますので、またいつか藤原さんの走りが見れる日を楽しみにしています。
     
    どうぞよろしくお願いいたします。

  2. [...] これからも相変わらず「カラダで勝負!」 おかげさまで9月に46歳になりました。未だにアルバイトで食いつなぎ、毎日体を動かしてさえいればハッピーな私はかなり特異な人間だと自覚しています。世の中の40代のみなさんは、職場での責任が増え、家族のこと、地域社会の付き合いなど、大忙しだと思います。 同時代を過ごしたトライアスリートの多くは指導者になったり、トライアスロン関連の事業を起こしたりして、トライアスロンのために活動しています。私ひとりが現実から逃げ続けているように感じますが、ひとりぐらいレースに出ている人間がいてもいいかなと思っています。後々ツケを払うことになると思いますが。 カラダで勝負!「藤原ももう限界だろう」と思われるかもしれませんが、自分では「まだまだこんなもんじゃない」「もっともっと上達する可能性がある」と夢と希望を持ってトレーニングしています。「もうこれ以上レベルアップできない」と老け込まず、人生の最終局面に向けて自分の能力を最大化して、『Super G3』になることを目指しましています。これからも相変わらず「カ・ラ・ダで勝負!」です。 自分の競技活動のことだけを考えると、自分だけが『Super G3』になって、まわりの人はヨボヨボのじいさんになってくれたほうが都合いいのですが、社会全体の身体運動レベルを底上げしたいというのが、私のもうひとつの夢です。 身体運動レベルが上がれば、生産性が上がると思いますし、医療費も削減され、精神的な健康レベルも上がり、社会の諸問題も減るのではないかと思います。 [...]

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