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2009 年 6 月 のアーカイブ

第68回コラム「新たな歴史の1ページ」

2009.06.30

トシ中山の「渾身の一撃」

先日、千葉県銚子市に行ってきた。大会の準備でも下見でもない。もちろん魚を食べに行った訳でも、海水浴に行った訳でもない。
トライアスロンの歴史において初。「NHKスポーツ教室」の番組としてトライアスロンが放映されることが決定し、その収録に行ってきた。

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Vol.37:雷神の巻 第4章その6:JTRCが核分裂

2009.06.27

日本トライアスロン物語

こうしてATCは84年12月、東京・品川区の区立勤労福祉会館において有志50名ほどが集まり旗揚げしたのである。クラブの先導役として会長には清水、副会長に猪川、理事長に市川、副理事長に小野が就任した。

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Vol.36:雷神の巻 第4章その5:アイアンマン大会を日本でも開こう

2009.06.27

日本トライアスロン物語

このようにJTRC会長の矢後は、日本のトライアスロンが本格的に幕開けした1985年を前後に、我が国トライアスロン界の先導者として精力的な活動を展開したのである。後に西郷は、矢後本人にこう語った。「トライアスロンを日本に持ち込んだ第一人者は熊本の永谷誠一さんだが、トライアスロンを日本で広めた第一人者は君だ」

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Vol.35:雷神の巻 第4章その4:アイアンマンを目指して、燃えよう!

2009.06.26

日本トライアスロン物語

こうして全国的なクラブ活動を支える陣容を固めつつ、JTRCは日本を代表するトライアスロン・クラブとして拡大、成長していった。実際、84年のアイアンマン・ハワイに出場したJTRCのメンバーは42名に上るなど、ハワイ大会へ出場する権利を持つ程までになったのである。

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Vol.34:雷神の巻 第4章その3:全国組織が産声をあげた

2009.06.26

日本トライアスロン物語

代表幹事に任命された清水は、就任の挨拶で次のように抱負を述べた。「トライアスロンを愛好する我々アマチュア競技者が力を合せ、共にトライアスロンの普及・発展に取り組んでいきましょう。そして近い将来には、全国のトライアスロン愛好者が一丸となって全国組織の結成へと歩んでいきたいと思います」

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Vol.33:雷神の巻 第4章その2:安全対策が普及の鍵だ

2009.06.25

日本トライアスロン物語

その第一歩が1984年5月18日に東京・代々木の岸記念体育会館で開かれた「第1回トライアスロン(複合種目)連絡会」である。佐々木を代表幹事とする陸上、水泳、自転車などトライアスロン競技に関わるスポーツ界の指導者や、医学会などの研究者、それにアイアンマン・ハワイへの出場経験を持つトライアスリート達が顔を揃えた。

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Vol.32:雷神の巻 第4章その1:トライアスロンは競技スポーツか?

2009.06.25

日本トライアスロン物語

競技スポーツの特性である勝敗の有無や記録の優劣よりも、自然の広いフィールドを舞台にアドベンチャー的な要素を持った、従来には無かったスポーツが誕生したと思った。そして橋本は、スポーツ・ジャーナリストとしてトライアスロンを日本へ紹介すると共に、ニュー・スポーツを社会的に受け入れる素地をつくる必要性を感じていた。

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Vol.2: 高橋泰夫 デュアスロン・エリートの世界最年長を目指す(4)

2009.06.24

TRI-X スペシャルインタビュー

もはや「カーフマンGPの顔」といってもいいかもしれない。それくらい、高橋泰夫というエリート選手の存在感は大きい。「40代なのにエリート」なのではない、高橋さんだから「40代でもエリートなのだ」と思わせる第2ランの頑張りは素晴らしい。レースを見ている者が応援をせずにはいられない、気迫の走りはどこから来るのか?今回は、職場環境も含めた高橋さんのアスリート生活を探ってみた。

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Vol.31:雷神の巻 第3章その9:アイアンマンと同じ参加選手は15名で始まった

2009.06.23

日本トライアスロン物語

皆生、湘南、小松に次いで、日本で4番目に開催されたのが久留米トライアスロン大会である。福岡県久留米市で自転車のプロ・ショップを営む「イワイスポーツサイクル」のオーナー、岩井一之(当時54歳)が発案し、一般市民のための手作りトライアスロン大会を開いた。1982年11月3日(水曜日)のことである。

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Vol.30:雷神の巻 第3章その8:腕時計をアンパンに引き換えた

2009.06.23

日本トライアスロン物語

「ウォアー」、「ヤアー」、「キャアー」 山中に様々な絶叫が響き渡る。そしてロープを伝わり下山する急坂では、そのロープを握り締めた軍手が摩擦で破れてしまう程だった。

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