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日本トライアスロン物語

Vol.41:火神の巻 第5章その2:三者の思惑が一致した

2010.06.02

日本トライアスロン物語

その為に宮古人(みゃーく)が一致団結し協力し合うこと、そして住民エネルギーを結集すると共に、住民の人材や資源を活用して組織づくり、基盤づくり、モノづくりを促進させようということになった。また、キャッチフレーズを住民から公募して、『ワイドー・ワイド』の標語も作った。

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Vol.40:火神の巻 第5章その1:美ぎ島に華咲くトライアスロン

2010.04.01

日本トライアスロン物語

この南海の美ぎ島(かぎすま=宮古諸島の方言)で初めて開かれたトライアスロン大会は、NHKの電波によって夜の11時まで、日本全国に放映され、トライアスロン・スポーツと宮古島の存在を知らしめたのである。その名も、「ストロングマン 全日本トライアスロン宮古島大会」である。

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Vol.39:雷神の巻 対談インタビュー 燃え上がった炎は消えない

2009.11.25

日本トライアスロン物語

トライアスリート達を取材する過程でも、彼らの無鉄砲さや無邪気さは、私にとってやや異人種とさえ映りました。どんどん直感的に突き進みながらも、それでいて慎重に事を構え取り組んでいくトライアスリートの気質が、従来のスポーツでは見られないトライアスロン独自の文化を築いていったのではないかと思います。

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Vol.38:雷神の巻 第4章その7:プロ・チームの誕生

2009.08.15

日本トライアスロン物語

日本のプロ・トライアスリートのJTS並びにUSTSへの参戦を目的に、中山を始めとする我が国エリート選手によって構成するトライアスロンのプロフェッショナル・チームを結成することにした。その名も“チーム・エトナ”である。

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Vol.37:雷神の巻 第4章その6:JTRCが核分裂

2009.06.27

日本トライアスロン物語

こうしてATCは84年12月、東京・品川区の区立勤労福祉会館において有志50名ほどが集まり旗揚げしたのである。クラブの先導役として会長には清水、副会長に猪川、理事長に市川、副理事長に小野が就任した。

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Vol.36:雷神の巻 第4章その5:アイアンマン大会を日本でも開こう

2009.06.27

日本トライアスロン物語

このようにJTRC会長の矢後は、日本のトライアスロンが本格的に幕開けした1985年を前後に、我が国トライアスロン界の先導者として精力的な活動を展開したのである。後に西郷は、矢後本人にこう語った。「トライアスロンを日本に持ち込んだ第一人者は熊本の永谷誠一さんだが、トライアスロンを日本で広めた第一人者は君だ」

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Vol.35:雷神の巻 第4章その4:アイアンマンを目指して、燃えよう!

2009.06.26

日本トライアスロン物語

こうして全国的なクラブ活動を支える陣容を固めつつ、JTRCは日本を代表するトライアスロン・クラブとして拡大、成長していった。実際、84年のアイアンマン・ハワイに出場したJTRCのメンバーは42名に上るなど、ハワイ大会へ出場する権利を持つ程までになったのである。

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Vol.34:雷神の巻 第4章その3:全国組織が産声をあげた

2009.06.26

日本トライアスロン物語

代表幹事に任命された清水は、就任の挨拶で次のように抱負を述べた。「トライアスロンを愛好する我々アマチュア競技者が力を合せ、共にトライアスロンの普及・発展に取り組んでいきましょう。そして近い将来には、全国のトライアスロン愛好者が一丸となって全国組織の結成へと歩んでいきたいと思います」

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Vol.33:雷神の巻 第4章その2:安全対策が普及の鍵だ

2009.06.25

日本トライアスロン物語

その第一歩が1984年5月18日に東京・代々木の岸記念体育会館で開かれた「第1回トライアスロン(複合種目)連絡会」である。佐々木を代表幹事とする陸上、水泳、自転車などトライアスロン競技に関わるスポーツ界の指導者や、医学会などの研究者、それにアイアンマン・ハワイへの出場経験を持つトライアスリート達が顔を揃えた。

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Vol.32:雷神の巻 第4章その1:トライアスロンは競技スポーツか?

2009.06.25

日本トライアスロン物語

競技スポーツの特性である勝敗の有無や記録の優劣よりも、自然の広いフィールドを舞台にアドベンチャー的な要素を持った、従来には無かったスポーツが誕生したと思った。そして橋本は、スポーツ・ジャーナリストとしてトライアスロンを日本へ紹介すると共に、ニュー・スポーツを社会的に受け入れる素地をつくる必要性を感じていた。

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